• 文字サイズ
  • 標準
  • 大
  • お問い合わせ・資料請求

たなべのたまごができるまで

田部養鶏場のある雲南市。なぜたまごだったのか?

雲南地域では、昭和40年代から養鶏が盛んで、1974年に発刊された「畜産経済の流通構造」では、戦後発展期(1955年~1965年頃)の代表的な例として「大東町(現在の雲南市大東町)方式」が紹介されています。この方式では、町ぐるみ村ぐるみとなって、1戸が50羽程度の養鶏を行い、数百戸が集まることにより、町全体として養鶏の産地化を目指すもので全国的にも注目されていました。現在でも、9か所の養鶏場において約25万羽が飼育されており、年間約6千万個の卵が生産される県内有数の産地となっています。

田部の養鶏場はいつからはじまったのか

1996年養鶏場を開設。現在19年目となります。
今後の中山間地における雇用、人材育成を目的に土地の利を生かした出来るだけ自然に近い養鶏場を事業レベルで今後拡大展開を図る目的で参入。

田部のたまご現在に至るストーリー

島根の山里で自分達に何が出来何を創れば皆さんに喜んでもらえるか。そんな想いの中から日本人の食生活の中でも切っても切れない食材の一つ「たまご」が浮かびました。
平成9年の9月当時の担当社員は、右も左も解からない養鶏場の開設に相当な苦労をしたと思います。
当時、社員総出で造成から建築までしています。
養鶏場のあるその山里(旧飯石郡吉田村)は、人口約2千人ののどかな山村です。
室町から大正末期までたたら製鉄によって栄え、その歴史的価値は古の鉄山師の郷として高く評価されています。また、映画「もののけ姫」のモチーフにもなっており、四季を通じて多くの知識人、観光客が訪れています。
当時の担当社員はどんな想いをはせたのでしょう・・・
この恵まれた自然やストーリーを活かしたい、そこで選択したのが、生き物は生き物らしくなるべく自然な形で又生き物の生理を尊重した形で飼育する事業にチャレンジしたいとの想いから養鶏業の中では難しいとされている平飼い飼育の有精卵となりました。

今後の展開・思い

開業当時のスタッフは今は一人も残ってはいませんが、後に続くスタッフはその想いを引き継ぎ一人でも多くのお客様に安全で美味しいたまごを食べてもらいたいと日々頑張っていきます。
又、今では殻つきたまごはもとより「たなべのたまご」を使ったプリンやマヨネーズ等の開発をし直営店での販売や催事販売、ギフト販売。スーパー、デパート、への卸し販売といろいろな切り口で、新たな「たなべのたまご」の魅力を発信していこうと思っています。